上智大学 総合人間科学部
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明治大学 文学部
Y.N.さん 千葉高校卒
精確な分析を学びに生かす。
合格を知った瞬間はどうでしたか?
2026年2月20日9時30分、胸が破裂しそうな思いで合格発表サイトのページを更新すると、そこには目が痛くなるほど鮮明な青と、明るい未来を象徴するかのような優しい桜色が映し出されました。その瞬間、今までの努力が報われたと思って飛び上がって喜び、親と手を取り合って涙しました。
志望校はどのように決めましたか?
高1の夏、周囲が進路について話し始め、それまでは漠然と勉強してきた私も、目標が定まれば勉強も捗るだろうと考え、大学について調べ始めました。夏休みにオープンキャンパスに行き、学祭にも行ってみて、自分の目で、肌で、足で、空気を感じ、志望校を決めました。自分で納得いくまで検討して決めた志望校なので、妥協することは自分の矜持が許さず、最後まで全力で努力できました。
本気になったのはいつ?
高2の秋、修学旅行が終わると、周りの空気が一気に受験モードとなり、私も良い意味で流されて、受験勉強に本腰を入れ始めました。
まず始めたのは英単語です。英語は大学入試では、文系・理系どちらであっても必ずと言ってもいいほど必要になる科目です。私は、英単語は絶対に無駄にならないと考え、常に単語帳を携帯し、少しでも暇ができたら開くようにしました。
また、志望校に通うチューターとこまめにコミュニケーションをとり、勉強の進め方を相談したり、大学生活の様子を聞いてモチベーションを保ったりしました。京葉学院はアットホームな雰囲気だったので、辛かったときも塾に通い続けることができました。
高3になって、どのように勉強を進めたのですか?
高3の春、いよいよ世間から受験生と呼ばれる立場となり、私は闘志をメラメラと燃やしました。「まずは形から」と考え、受験生らしい行動をしようと毎日自習室に通いました。一度始めたら中々止められない性格も手伝い、自然と続けられました。
後輩の皆さんも、受験期に入ったらできるだけ早期に、まずは形だけでも受験生らしい行動を積極的に取ることで、勉強するのが当たり前と思える環境を構築していくと良いでしょう。何をすれば良いか分からないときには、チューターに相談してアドバイスをもらうのもお勧めです。
1年間の映像授業の受講計画についても、チューターと綿密に練りました。私は人と話すのが昔から苦手でしたが、京葉学院の先生やチューターはフレンドリーに接してくれて、押し付けがましくなく、私の話も丁寧に聞いてくれるので、割とすらすらと話せました。
このとき立てた計画を適時見直しながら実行することで、受け身になりがちな映像授業も「いつ、何のために受けるのか」という目的意識を持って受講し、有効に活用できました。
模試はどう活かしましたか?
6月に初めて本番レベルの模試を受けましたが、結果はボロボロでした。当時の私は、過去問の傾向も知らなければ、問題の形式も知らず、この模試で初めて知ったという状態だったので、当然の結果でした。しかし、誰もが最初から調子が良いわけではない、と冷静に受け止め、模試は結果を見て一喜一憂するためのものではなく、自己分析するためにあるのだと自分に言い聞かせ、全てを糧にしようと間違えた問題の復習に努めました。
模試は、心理面では悪い結果は過度に注視して引きずらず、良い結果は「これからもこの調子で頑張ろう」と励みにするのが、適切な距離の取り方のように感じました。
高3の夏休みは、どう過ごしましたか?
塾が午前中から開いており、一日中自習が可能となる夏休みは、私にとっては天国のような時期でした。毎日朝一番に来ることを目標に、朝から晩まで自習しました。不思議と辛いと思うことはなく、友と一緒に昼食を食べ、志を確かめ合うことでモチベーションを保つことができました。
この頃から11月の模試に向けて、過去問をたくさん解き始めました。最初は手も足も出ませんでしたが、20年分を解き終える頃には段々と問題の傾向が掴めてきて、成長を実感できました。「この大学はこういう問題が好きなんだ」との頻出パターンが見えてくると、一種のゲームのように思えて楽しかったです。
合格までの軌跡を振り返ってみて、いかがですか?
秋には本番レベルの模試を含めて幾つかの模試を受け、その結果を分析することで、弱点が明確になってきました。結果を見ると、私の弱点は世界史の論述だと分かったので、それを中心に詰め込んでいきました。やれることを全てやった上で本番に臨み、ついに上智大の合格を掴むことができました。
受験を終えて、結果に満足しています。それはこの京葉学院という環境で、充実したサポートを受けながら、精一杯努力して打ち込んだという自負があるからです。後悔のない受験ができて良かったです。